2009.06.12 Friday
ブルースモービル1号(NISHIKI)、逝く(泣)
いつかこの日が来ると思っていました。
朝、通勤途中の信号待ちでダウンチューブを眺めていたところ、右側に変な膨らみが。気になって下からのぞき込んでみると… ![]() 半分近く、バックリと裂けているではありませんか! その日が、この自転車、ブルースモービル1号ことNISHIKIでの最後の自転車通勤になってしまいました。 名古屋市東区のサワイサイクルで生を受けたこのロードバイク。親父が今の僕ぐらいの年齢の時に、同僚から譲り受けた、といって会社から乗ってきました。 何度か乗ったんでしょうか…しかし一度ひどい転倒をしてから乗らなくなったんでしょう。程なく僕のものになりましたが、バス+電車通学だったこともあり、あまり乗る機会がありませんでした。 一番活躍したのは、自宅浪人していた1987年だったでしょうか。千種図書館の自習室を往復するための足として使い、時々気晴らしに愛知青少年公園(今の愛・地球博記念公園)のサイクリングコースを走りに行きました。 そんなある日、若気の至りで歩道の右側を爆走中、右から出てきたクルマにつっこみました。NISHIKIはフロントフォークが破損するも僕はかすり傷のみでした。メットだってかぶっていなかったので奇跡のようです。修理はグリーンロードにあるミズノサイクルだったか…しかし、完璧に修理するのは難しく、フォークは若干後ろにオフセットした状態、ダウンチューブは衝撃のためゆがんだままでした。結局、自宅浪人は半年ほど、再びバス+電車で予備校通いを経て愛知を離れてしまい、NISHIKIはそのまま自宅倉庫に眠ることになります。 時は流れて、2005年に乗れる状態まで復活させ、2006年に再び愛知に戻ってから、自転車通勤でガンガン乗るようになり、今に至ります。 復活後、都合1万キロ近くは乗ったのではないでしょうか。その間全くの無事故で、家と会社を安全に往復してくれました。 Mt.富士ヒルクライムをコイツと一緒に走れて良かったです。あれが花道だったのね…と思ってよく見るとゴール後の写真に、すでに亀裂が入ってました。五合目からの下りは時速50kmを超えることもあったのですが、傷つく老体にむち打って、壊れず安全に麓まで送り届けてくれたのだ…と思うと、涙が出ます。こんなになってもまだ走れてしまう、カワムラサイクルの昔のビルダーさんたちのクラフトマンシップに頭が下がります。 ありがとう!ブルースモービル1号!! そのうちバラして、キレイに磨いてディスプレイしようかな。 |


